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北アルプス 裏銀座変則縦走

1999.8.8〜12
【9日(2日目)】 晴れ

ワサビ平3:30-9:00鏡平10:00
-11:30稜線分岐付近12:30-13:30双六池C(-樅沢岳19:00)

早く穂高が見たい

 キャンプサイトとしては絶好のワサビ平なんだけれど、如何せん山間の渓谷のようなところだから展望はない。何と言っても北アルプスに来たのである。
やはり早く山が・・槍を・・穂高を・・見たい
居ても立ってもいられず出発したのは午前3時半であった。当然あたりはまだ真っ暗。ヘッドライトが頼りの歩行、それでもしばらくは林道だから道に迷うような心配は全然無い。

 しばらくすると、後ろからもヘッドライトの灯・・・ うぬぬ、何者ぞ。ペースを落として合流してみると、 7年前黒部五郎小屋でアルバイトをしていたという若者。いまでも時々小屋に遊びにいくという。今日も一気に黒部五郎小屋までという健脚ぶりである。

 聞けば、 黒部五郎小屋は僕が知っている十数年前の建物はもう使われず、新築された建物だけ営業されているそうである。なんでも、 ここ数年の100名山ブームでそれにリストアップされている黒部五郎岳も御多分に漏れず 登山者が急増し、いままで一晩80人が最高の宿泊人数だった小屋に200人以上の登山者が一気に押し寄せたらしい。それを無理矢理小屋に詰め込んだのはよかったのだが、柱がミシミシ・・小屋は dangerous zone になってしまったらしいのだ。とすればシーズン中にかぎっては、今はもうあの静かな五郎カールのイメージはないのかもしれない。

 残念ながら今回の行程予定には黒部五郎は入っていないのだけど、また機会を見ては訪れたいと思っている・・・ぜひ静かな時期に。

撮りそこなった三日月

 僕がステッキの石突ゴムを石の隙間にとられて、抜け落ちたそれを探している間に黒部五郎の彼とは別れてそれっきりになってしまった。ステッキの石突ゴムは通常は外して使うようになどと書いているものもあるけれど、僕は先が地面に突き刺さって穴が開いたりするのがなんとも嫌なので、ゴムをつけっぱなしだ。これはとれやすいのでボンドで接着したりしているのだがそれでもちょっとした拍子にとれてしまうのである。

  槍ケ岳の後ろに三日月。ちょっといい感じで撮影場所を探していたが上手いところが無く結局撮りのがしてしまった。計画通り初日に鏡平まで行っていれば 「夜明けのペーパームーン&槍穂を写す鏡池」なんてのが撮れたかなあと思うとちょっと残念。まあ欲張ればなんでも残念。

 夜明け前の薄暗い道でバタバタやっていたこともあったのか、僕はちょと道を外してしまい、行きつ戻りつで無駄な時間を費やしてしまった。いい加減な道 ・・道じゃあないか・・・を経由し秩父沢の徒渉点に到着。冷たい水で顔を洗う。もすすっかり夜は明けた。このあたり槍穂高が存分に見えて、水も有るし実にいいところ、登山道沿いには幕営の形跡あり。やっぱりね、ここはテントを張りたくなるよとナット得する。でも北アルプス一帯はテント指定地意外は幕営禁止。 でも、緊急避難なら容認。こんどはわざとここでバテテ倒れようかしらね。


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穂高に光が届いた! (秩父沢の徒渉点付近)


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焼岳&乗鞍岳 (秩父沢の徒渉点付近)


機材なくしては山へは登れない

  ここからさらに登ると シシウドガ原を抜けて、 大ノマ乗越と鏡平との分岐点に着く。しかし分岐点などという名前がついてはいるものの、今は大ノマ乗越への道は廃道になってしまっており地図からは消滅、道標も削られている。僕が学生時代に使っていた地図ではまだここから大ノマ乗越への道は記載されていてコースタイムが下りだけ2時間と記載されていた。

 ここからは槍は見えないが 穂高、焼岳、乗鞍の眺めが良い。そして間近には抜戸。僕は岩の上に三脚を据え思う存分時間を使って撮影を楽しんだ。で、 ここでレリーズを落とし・・・そのまま忘れたのだった・・・ トホホ。今日の教訓・・・ 落としたらすぐ拾うべし。結局これで今回の山行での夜景の撮影は無くなってしまったのだ ・・・なんということだ。

 この辺りから下りの登山者の数も増えてきた。僕の背負った荷物はテント泊登山者としてはたいして大きいほうではないのだが、大きなウエストバックをつけているのと、たいていは三脚を手に持って歩いているので、より大変そうに見えるのか、
「機材だけでも重そうで大変ですね」
と声をかけられることが多い。
そんなとき僕は
「いえ、これが無くては登れませんから」
と答えるようにしている。
これが本音の答えなのである。

 カメラを手にし、写真を撮るようになってから、素晴らしい風景を見ることに対して僕はどん欲になった。そしてありふれた光景のなかから素敵な映像を見つけることに喜びを感じるようになった。写真を撮るという行為よりも僕は、 その現場に立ち会えたこと、またはその映像の発見者になれたことが嬉しい。写真はその映像の確認の意味がある。だから「写真などはどうでもいい」とも言えるが、「写真を撮る」という具体的な目的がないと、なかなか重い腰をあげて現場に足を運ぶことができない。「写真を撮る」という目的が最後に僕の背中を押してくれてようやく僕は歩き出すことができるのだ。という意味では「僕がカメラを山に持ち上げている」のではなくて 「カメラが僕を山に引っ張り上げてくれている」といっても過言ではないかもしれない。だから 「これが無くては登れません」ということになるわけだ。


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シシウドガ原 (鏡平分岐) このときレリーズ落とした・・・誰か拾ってませんか?


鏡平

 さて、 鏡平まではあと一息。この鏡平というところは弓折〜抜戸の東側斜面に張りだしたテラスのような場所で、 槍穂高の格好の展望台となっている。さらにおあつらえ向きの池まであって、それに槍や穂高が写るのだ。自然はときとして素晴らしい舞台を創ってくれるのである。
 その槍を写す鏡の池の前には立派な木のステージがあって、何人かの登山者やカメラマンがそこで休憩あるいはチャンス待ちをしていた。ステージの中央にはハッセルおじさん。その左にバケペン(ペンタックス67)氏、右に陣取った僕のさらに右には、ジッツォにEOSを載せた三脚を前に若い御夫人が居た。

この木のステージははごく最近出来たものらしく、
「あーら、こんなものできちゃって」
というおばさんの声が姦しい。

 穂高は右から西穂・天狗岩・ジャンダルム・奥穂・涸沢岳・北穂、そしてキレットを挟んで南岳・中岳・大喰岳・・・ここまではバッチリと見えているのだが、 盟主槍ケ岳だけが、北鎌から回り込んでどっさりかぶさった大きな雲にで隠されている。それはどんどん大きくなっていくようにも見えて、そのうち大喰岳までも侵食されていしまった。

 一時間もいただろうか、結局槍ケ岳は姿を表さぬまま、僕は撮影を諦めてこの場を立ち去ることにした。バケペン氏も諦めたとみえて機材を片づけ始めた・・・あらあら奥様だったのですね。EOSの御婦人はバケペン氏の奥様のようで、さらにGR−1まで携帯していることが判明。流石なカメラマン夫妻である。こうやって山に二人カメラをもって出かけられるというのはとても羨ましい。

 池から鏡平小屋までは木道を歩いてすぐ。そこで目に飛び込んだのは、鮮やかな 「氷」のノレン。こんなに眩しいものはない・・でも値段を確認すると500円。で皆食べてるのをみると・・・たいしたことない。やめとこっと。すんでのところで思い止まったぼくは、もうすっかり空だったタンクに1Lだけ水を補給。100円。

 鏡平にはさきほどの槍穂を映す池のほかに、ふたつほど池があって、それぞれ風情の有る佇まいをみせていた。
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鏡池と穂高
ど真ん中が北穂で、
左側ぐびっと落ち込んでいるところが大キレットだ。



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森林限界あたりから見下ろす鏡池


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チングルマ(実)

大失態2発

 さて、それらの池を抜けると稜線までの最後の急登が始る。振り向くと穂高がぐいぐいせり上がってくる・・・ あ、あれぇ〜!、なんと、ついさっきまで 北鎌尾根から槍ケ岳にまとわりついていた雲がすっかり消えてしまっているではないか。下をみると鏡池が遥か小さく、例のテラスには大勢の登山者の姿が見える。 しゃーない、ここで撮るかぁ〜、ザックをおろし三脚をセッティングして僕はここで撮影。下で撮ったのとここで撮ったのとどっちがよかったか。 下で撮ったのだよな・・・やっぱ。

 撮影終了でザックを担ぎ直し、よいしょっと ・・・・グぅ〜・・・うぬぬ、腹がなる。 腹へったぞ。ちょっと歩いてみるが何だかだるい。急速に気力減退。エネルギー0。そういえば今日は早立ちで、朝食を食べたのは3時。その後軽いものは口にしたけれど・・・。ほんとうはお昼頃には双六小屋に着いて、そこで小屋でなんか食っちゃえという心づもりだったのだ。ところがなんだかんだで遊び過ぎ、まもなく12時である。
 緊急事態で直射日光が避けられる場所へ移動し、水で戻して食べる餅をぱくついて一息。やれやれ、これで双六小屋までは持ちそうだ。

 実は僕には今日もう一つ失敗していることがあった。朝、ノースリーブのシャツの上に半そでのポロシャツ、その上にベストを羽織るというスタイルで歩きだした僕は、暑くなったので中間のポロシャツを脱いでいた。肩そのものはベストで被われていたけれど、腕の付け根あたりまでにはサンサンと日光を浴びる。ひじから先はしょっちゅう日に当たっているから少々強い日差しに当たってもなんともないのだが、滅多に日の当たらない腕の付け根から二の腕にかけては、急に日に当てたものだからたまらない。色白の僕の肌は真っ赤ッか。これはやばいなあというのは気がついていたのに、対策をとろうともせずそのままにしてこれまで来てしまったのが運の尽き。見てみると・・ほとんど 火傷状態である。果たしてこれからザックが背負えるのか?

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抜戸岳と雲 (弓折岳付近)

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槍ケ岳 (弓折岳付近)

森林限界

 森林限界を超えると、もうすぐ稜線。ここも絶景である。穂高の上空には面白い雲が舞っていて。 「もうどんどん撮ってちょうだい」状態。 「どんどん撮ってあげるよ」なんだけど、調子に乗っていると心配になるのがフイルムである。穂高岳ではなく稜線の先に有る抜戸の姿もGOOD。 いやいや・・・だからさ、フイルムほんとにやばいって 僕は一日3本くらいの見当でしかフイルムを持ってきていない・・・すでに・・・もちろん今日はそれを超過している。

 双六の池はなんとなく小さくなってしまったような気がするけれど、気持ちのいいテント場は昔のままだ。僕はここには過去3回テントを張ったことが有る。いずれももう15年近くまえの話になる。僕のテントはまだそのときと同じもので、80年代には一世を風靡した、オレンジの本体、青のフライのダンロップテント。当時はこのテントが山のテント場を席捲していて、この双六のテント場もほとんどこのカラーのダンロップだった。5割、7割・・・いやそれ以上だったかもしれない。なにせ自分のテントを探すのも大変なくらいだった。いまはこの広い双六のテント場に僕のを含め二張。時代は変わり・・・僕は歳をとった・・・などとつまらないことで感慨にふけるのが年寄の悪い癖である。

 シャリばてを誤魔化してようやくここまで辿りついた僕は早速 双六小屋でおでんを注文。かき氷よりもやっぱりおでんだ。かき氷など食べなくてよかった。あんなのは腹の足しにならないんだから。

残照の槍ケ岳(本日のハイライト)

 17時。天気が良ければ 樅沢岳から槍穂の夕照を狙おうと思っていた。上空を見上げるかぎり雲は多い。でも双六池のあるこの稜線の鞍部からは槍も穂高も姿が見えないから確実なところはわからない。わからないときは行ってみなくては。僕は 三脚と撮影機材一式をもって樅沢に向かった。先行するカメラマンらしき姿が二人。樅沢岳をほんの少し行き過ぎた高みの先端に3人は三脚をセット。ぼくの右にはジッツォの上に乗ったペンタ645、本格的である。

 太陽の光はまだ昼光色で槍穂を眩しく照らしている。まだまだ夕焼けには早い。もちろんこの状態でも何枚か撮りはしたが本番はもちろんこれからだ。気になるのは太陽が沈む西・・・ちょうど双六岳のむこうあたりは雲が重なっていることである。このまま陽が沈めば、赤い光が槍にとどく前にその雲で遮られてしまうことが十分考えられる。

やきもきする待ち時間。6時・・・寒い。気温は標高が100m上がると0.6℃下るという。ここ樅沢岳の山頂は2754m。0.6×27.5で16.5℃。海抜0m地点より16.5℃温度が低くておまけに風が強い。体感温度はさらに下がる。行動中や太陽が照りつけている昼間は暑いくらいだけれど、日が暮れてきたときに、こうやってじっと待っているときは、とても寒い。僕はフリースの長袖を着ているのだけれどそれでも寒いくらいである。

6時半、 いよいよ槍穂が・・・

真紅に焼け・・・
あ・・・ あらっ
   ・・・消えた。

しょ・・・照明さ〜ん、光お願い・・・お願い・・・


懸念していたことが現実になったのだ。太陽は雲に隠れ、光は途切れた・・・うすら黄色い東の空の色をほんの少しだけ映して・・
なんとなく色が付いたようにもみえる槍穂・・・
震えながら待った一時間半・・・
あれは一体なんだったのか・・・。
がっくりとして・・・でも、悔しくて1枚・・・2枚とシャッターを切ってみる。
ふーっとため息をついた僕が、
「今日は駄目ですね」
そう隣のペンタックス氏に声をかけようとしたその瞬間であった、

ジャーン、ジャジャジャーン、
ジャジャジャーン、
ジャーン、 ジャーン、
ジャーン

な・・・なんと
メラメラと真っ赤に燃えた槍穂が目の前に出現したのだ・・・

復活した光芒。
地平線と雲の僅かな隙間から
照射される太陽光・・・
残照・・・
まさにそのもの。



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まだ昼光色に近い光が、正面から槍を照らす
手前は西鎌尾根の稜線、
槍の左側に伸びるのが北鎌尾根。



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光が途切れ、暗に沈む槍ケ岳。
これで終わってしまうのか・・・
今までの「待ち」はなんだったのか。
僕と同じように夕照を狙う
何人かのカメラマンの顔には
みな同じような落胆の色が・・・。



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再び光が射す。
帰りかけようとした夕照見物の登山者が
あわてて引き返してきた。



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そして光はさらに赤みを増し、
岩峰を赤く染めた。




 今日ほんのブラリと来た僕が・・・こんなシーンに立ちあってよいのだろうか、そんな気にもさせる夕映えであった。
 もう出来上がりのことは考えない。こんなシーンに立ちあえたことで僕は満足、写真はついで。

ありがとう槍・・・そして穂高、ありがとう照明さん。

「よかったですね」
僕はこのとき始めてペンタ氏に声をかけた。ペンタ氏は言葉少なな人で僕らはそれ以上話すことは無かったけれど、彼も当然満足だったに違いない。


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 笠ケ岳や鷲羽岳にも時々レンズを向けながら、十分に夕焼けの撮影を堪能し、僕はようやく機材を片づけ始めた。空はもう群青色に沈んでいる。すっかり暗くなった道をテント場めざして駈け下る。テントの灯がポツン、ポツンと点き始め、テント場は昼間とは違ったにぎやかさをみせはじめていた。

オヤスミ

 テントの夜の就寝は早い。パーティであれば何だかんだと話が盛り上がってなかなか寝られないのだろうが、僕は一人である。テントの中の灯はヘッドライトだけ。だから電池がもったいないから日が暮れたらなるべく早く寝たい。もちろん夜中天候がよければ夜景の撮影が待っている。でも今回はもうレリーズを無くしてしまったので夜景の撮影は不可能。だから十分な睡眠時間が約束されている。お・や・す・み

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