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北岳


 南アルプス北岳、この日本で2番目の標高をもつ山は、僕にとっては一際馴染み深い山である。自宅からは見えないのだが、良く出かける富士五湖、なかでも本栖湖などから良く見える。そして山頂にはこれまで3回立っている。
 1回目は1986年夏。光岳までの縦走の出発点としてだった。テントと十日分の食料を背負い、喘ぎながら大樺沢を登ったことを覚えている。次は1993年8月。同じく大樺沢を登りテントで一泊、翌日白根御池経由で下った。そして3回目は1996年7月。このときは白根御池の小屋で一泊、翌日北岳を越えて農鳥小屋まで歩いている。この3回とも好展望に恵まれた。
 今年8月、一度大樺沢から登りかけたが天候が悪く山頂に向かうのをやめ、二股から御池経由で戻っている。ちょっとこれが心残り、というのは確かにあった。

 そして季節は秋になった。しかし今年の紅葉はどこも芳しくないとの便りばかりである。特に北アルプスは進行が早いのと、あまり良くないとのダブルパンチで今期の取材は既に諦めていた。それでは南アルプスの紅葉はどうかというところだが、ここが定番というところは特に無いし、良いも悪いもよくわからない。
 そうこうしていると、なぜか周りで「北岳に行ってきます」との声を聞くことが多くなり、再度北岳へ、の思いが強くなってきた。紅葉は果たしてどうなのだろうか。

 今の僕はふにゃふにゃぶよぶよの脚で、テントを背負って登る体力も気力も無い。かといってわざわざ山小屋に泊まってまでも・・・と思う。ならば日帰りということになるのだが、写真を撮りながらの日帰りは相当にきつい。いわゆる標準コースタイムというやつで、9時間少々である。これで写真を撮ってしまったら12時間以上は間違いなくかかる。けれども山頂に拘らなければ時間には余裕が生まれる。紅葉は白根御池か小太郎尾根直下の森林限界までだからそこまで登って大樺沢経由で戻ってこよう、そう考えて日帰りで出かけることにした。なに、登っている途中で気が変わったら小屋に泊ればいいのだ。僕の山歩きの予定は、こんなふうにいつもいい加減である。いや、いい加減というと怒られるから柔軟性に富むとでもいっておこう。


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広河原から朝の北岳、思わず足が止まるよ


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長雨で増水した沢の小さな風景


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御池のほとりの黄色いテント
 10月3日午前1時、車で広河原に入った。駐車場にはずいぶん車が多い。今年は夏がダメだったから余計みんな秋山に向かう気持ちが強いのかもしれない。夜中の車の中は結構寒く堪えた。なんとシュラフを忘れてきたのだ。
 朝6時、広河原から見える北岳が朝日に染まる。笠雲がかかる。その笠雲も赤く染まる。すっかり写真家モードに切り替わり、足が止まってしまった。かれこれ20分くらいは楽しんだだろうか。
 ようやく北岳へ向け出発。大樺沢コースと白根御池コースの分岐。御池コースと決めてはいたが、もう一度立ち止まって考える、御池で良いか? 紅葉なら御池だ、ダメだったら仕方ないよね、と、心を決めて御池コースへと進路をとる。登山道のまわりはもとも針葉樹が多く、ところどころにある広葉樹もまだ緑色のものがほとんどだ。上はどうなっているのだろうか、気ははやる。登山道は急登となり標高をどんどん上げていく。
 急登が終わり平たんな道になる。御池は近い。ダケカンバが黄色く色づいている。 Oh! 飛び出した御池からは、笠雲のとれた北岳の威容。そして草滑り横の樹林帯の紅葉。朝の斜光線に映え鮮やかである、艶やかである。そしてシノゴを上げればよかったと思わせるほど収まりの良い構図(でもこういう撮り方は35mm小型カメラには実は向かないのであるが)だ。北アルプスでいえば栂池自然園あたりから白馬岳というのに似ている。カメラマンとしてはちょっと撮らされ感は感じるけれど、こんな風景を見せてくれた北岳とその自然達に感謝、感謝。もう今日はこれでいい、あとはおまけで構わない。

 振り向けば鳳凰三山。草スベリを登りながら振り向き振り向き、眼下に見える御池とのバランスを確認する。雲が多くなってきた。時折日差しが遮られる。雲が動いて御池にスポットライトが当たった瞬間シャッターを切った。


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むふふ、黄葉の木々の向こうに鳳凰三山


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白根御池から見る黄葉、予想以上だったね。


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北岳山頂


 草スベリの上部の紅葉はもう終わっていた。葉を落とした木々がモニュメントとのようにあちこちに立っている。
 森林限界に到達。ここに分岐がある。左へ行けば稜線に出る。右へ行けば大樺沢へ下る。あたりはもうガスが巻いていて視界はない。この状態ではそれほど撮影に時間を取られることはなさそうだ。ならば時間的に余裕がある。頂上までいってしまおう。僕はガスの中を再び登り始めた。赤紫色の岩がこの辺の特徴で、視界がなくてそれしか見えないから、なんだか目が変になっちゃったんじゃないかと錯覚してしまう。小太郎尾根にはほんの一息で到着。ここには10名ほどの登山者が休憩していた。ガスが巻いているといっても完全に視界がないわけではなく、風でそれが飛ばされて晴れることがある。その晴れ間から名峰甲斐駒が岳もしっかりとその雄姿を見せてくれた。でもすぐにその姿は薄れていく。

 もうひと登りして北岳肩の小屋に到着。みんな思い思いに休息している。おそらく彼らはこれから北岳を越えて北岳山荘泊なのだろう。けれども僕はまだそこから下まで下らなくてはいけない。残念ながら皆と同じペースで休息できないのだ。
 山荘から山頂までは、大きな岩のごろごろした道をペンキ印を頼りに30分ほどだ。そこそこ広い山頂には7〜8名ほどの先客。激しい上昇気流で雲が動いている。ある方はすでに一時間、間ノ岳が現れるのを待っているとのことであった。すると突如間ノ岳が見え出す。Oh!。一瞬。そしてまた隠れる。その繰り返し。シャッターは押すが、どういうタイミングで写っているかがまったくわからない。しばし、そんな戯れを繰り返していたが、ここでもそうものんびりしては居られない。すでに時間は午後1時。下山にも4時間近くかかるのだ。ときどき現れる間ノ岳を気にしながら僕は八本歯のコル目指してゆっくりと下り始めた。この辺り夏なら色とりどりの高山植物の花が咲き乱れ僕に足止めを食わせるところだが今日はその心配は無い。しかし、ガスの切れ目からは富士山が顔を出したり、またまた間ノ岳や農鳥岳が程よい姿を見せてくれたりして僕を誘惑する。下界との間には真っ白な雲海。眩しいほどだ。

 

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北岳


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富士遠望

 八本歯のコルに到着。ナナカマドの実が赤い。ここから大樺沢へは急勾配で下っていく。行き会った僕と同じ日帰りの単独行の方は、この道は初めてだということでこの急な下りに閉口していた。ちょっとガレていて歩きにくくもある。登りだと確かにこの辺でバテバテになる。登りでいうと大樺沢のコースは最初緩やかであとが急、御池のコースは最初、中盤が急であとが緩やか。僕は最近後者を選んでいる。今日は紅葉という目的もあったわけだけど。すでに午後3時を回っているのにまだこの道を上がる登山者がいる。山荘に食事付きで宿泊される方は5時までに到着して下さいとの看板が立っていたが大丈夫なのだろうか。他人事ながら心配になる。電話連絡でもしてあるのだろうか。ちゃっかり二股にテントを張ってしまっている衆もいた。

 大樺沢も二股の少し上辺りからはなかなか風情のある紅葉(ほとんどは黄葉)をみせてくれていた。ただしナナカマドはだめだ。もう絶対奇麗な赤色にはなりませんといった顔をしている。山頂にかかる雲は厚くなってバットレスの蒼い岸壁も半分くらいしか見えていない。もうこの辺りまでは陽も差し込まず写真撮影には不向きな状態でISO100のフイルムでF5.6で1/15〜1/30程度である。

 沢はここのところの長雨で増水していて、ものすごい轟音を響かせている。ほんとうはそれも撮りたい。きっと迫力のある映像が撮れるはずだ。しかしそれにはかなりの時間を要する。1〜2時間のロスは必至だ。そんなことをしていたら広河原に着く前に夜になってしまう。だから泣く泣くそれは諦めて下山を急ぐ。スピードを上げるため三脚はザックに付けてしまった。やはり北岳山荘で一泊して明日この大樺沢を思いきり撮ればよかったと今になって思う。でもそのためにはフイルムを少なくともあと4〜5本は持ってこなければならなかった。いまF-1の中に装填してあるのが今日の手持ちのラストのフイルムなのだ。

 もう道は緩やかである。増水で登山道が冠水している部分はあるものの歩行にはそれほど支障はない。ただちょっと沢と登山道の区別がつきにくく迷うくらいだ。それにしても今日のこの大樺沢の流れは良い。こんど大雨の後、この流れだけを狙って撮りにきてみるか、と思った。

 御池コースとの分岐を通過。もう5時をまわり暗くなってきている。駐車場に停めた車まで戻ったときにはもう5時半に近かった。

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ナナカマドの実






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大樺沢にて・・・もう沢に陽は届かない。

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