![]() 2003年夏・北アルプス 夏山最盛期の静かな山旅 4/52003.8.6 |
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14.さわやかな朝 2日分寝た気分で爽快な朝を迎える。昨日の夕方は真っ白だった烏帽子方面の展望も今日はすっきりくっきりだ。烏帽子方面は長丁場ということで3人だけは4時半朝食。長丁場とは言っても標準コースタイムで8時間少々だから小屋泊まりの荷物ならばたいしたことはない。 ということで小屋の横で雲海の彼方から昇る日の出を迎えたあとゆるりと出発、烏帽子方面には最後発となる。 夜半に降った雨で濡れたナナカマドの葉が朝日を受けて煌めく。なにもあもが瑞々しい朝。そんなことでイキナリ忙しく撮影が始まりまるで足が進まない。 |
![]() 船窪小屋前から |
![]() 樹間から眺める針ノ木岳 |
暫くは三脚を担いで歩く。少し歩いては三脚を立ての繰り返しだ。展望もさることながら花も素晴らしい。このあたり標高が低めなので、高山の花に亜高山の花も混じって種類がめちゃ多いのだ。ゆっくり撮影する時間が無く残念至極。次は船窪小屋連泊ってのもありかもなぁ・・・・。 船窪乗越までは相当な下りだ。徐々に傾斜がきつくなり足場も悪くなってきたところで三脚をしまう。稜線の左側、不動沢側はすっぱりと切り落とされたような崩壊地で大迫力。足を滑らせたら底まで転がって行ってしまいそうだ。 下っても下っても船窪乗越にはまだ着かない。いったいどこまで下るのよ・・・先程までは目線の高さにあった船窪岳、左手の不動岳がどんどん高くなってくるのが悲しい。これらの山々も不動沢側に白い崩壊面を露にしている。 |
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15.船窪岳の謎 さて船窪岳である。この山、実は表記位置が地図やガイドブックによって違っている。船窪乗越から登り始めると、ひときわ大きく高い2459mのピークにたどり着くまで2つのピークを越えるのことになるのだが、地図によってその最初のピークに船窪岳と表記しているものと、最も高い2459mを船窪岳と表記しているものの2種類あるのだ。 私の手持ちの地図でみると、まずS54年の国土地理院の5万分の一では最初のピーク。昭文社の「山と高原地図 鹿島槍・黒部湖」S58年度版も最初のピーク、それが98年度版では2459mピーク、ヤマケイのアルペンガイド「立山・剣・白馬」2000年度版でも2459mピーク、昨年のヤマケイJOYの特集の船窪岳の紹介でも2459mが船窪岳と記載されている。 じゃあ、最近2459mが船窪岳ということにされたのかしらと思うと、私の持っているものより新しい「山と高原地図 鹿島槍・黒部湖」では、最初のピークが船窪岳になっているのである。謎の船窪岳、はたして実際のところはどうなのか? |
![]() 船窪岳山頂標柱 |
船窪乗越手前からの船窪岳 |
2459mピークの山頂標柱 |
ちょっとしたコブにしか見えない小さなピークが船窪岳ということに・・・・ |
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![]() 船窪乗越より崩壊する不動沢を見下ろす。 |
降りきった船窪乗越から登り返すこと30分であっけなく船窪岳の標識。そう現地の表示では最初のピークが船窪岳だったのである。なぜ立派な山体の2459mピークでは無く、名前を付けるのも憚られるような稜線上の小さなピークが船窪岳なのだろう。 船窪というのは二重山陵を意味する名前なのだけれど、そんな地形にも見えない。小屋のオヤジさんに尋ねれば全ては氷解するのであろうが、とりあえず今は謎のままにしておこう。 実はこのネタ、事前には気がついておらず、で昨日この稜線を歩いた方から、「あの大きい山が船窪ではないんですよねぇ」と言われて少し気になったのが最初である。そのとき自分の手元にあった地図はには2459mピークが船窪岳とされていたので深く考えなかったのだが、実際に稜線上の小さなピークに船窪岳という標識があるのはなんとも不思議な感じがする。 |
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13.崩壊する山陵 休んでいると小屋のスタッフの方が2人登ってきた。登山道の整備の為だ。ヘリで降ろした木材を加工し梯子を設置したり、ワイヤーを張ったりする作業をするらしい。 「毎年やらないとすぐ駄目になってしまう」 それはそう、おっしゃる通り。 そういう数少ない遊び人の為にこのような作業を毎年続けておられる山小屋の方、スタッフの方、ボランティアの方には頭が下がる思い、感謝、感謝だ。 |
![]() 船窪岳より 右手前にある紫の塊はイブキジャコウソウ |
船窪岳山頂にデポしてあった登山道補修資材 |
ワイヤー張替中の船窪小屋スタッフ |
七倉岳を振返る |
かなり長く休んで8時丁度に船窪岳を出発。距離は短いが結構時間がかかって2459mピークに到着。地図によっては船窪岳と記されていることもあるこの山頂には、標高だけを示す道標が立っていた。本物の船窪岳は稜線の途中にわからないくらい低く小さく見えている。 ここからもまた細かなアップダウンがあり結構キツイ。まだまだ先は長いので、下りから登りへとチェンジするタイミングでは一旦止まるかペースを落として呼吸を調え、無駄な体力を使わないように心がけながら歩く。 ピーカンだった空も9時を過ぎると雲が目立つようになり、日差しもだいぶ和らいできてほっとする。もう少し風が欲しいが我儘は言うまい。 |
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登山道は基本的には稜線に付けられているので、前にも書いたように不動沢側が激しく崩壊している為、おっかないところも多い。バランスを崩して左側に落ちれば遥か下まで真っ逆さまというのは当たり前で、たとえば登山道の真ん中あたりが地割れしていたりとか、ついさっき根こそぎ不動沢側に転落したようにみえる樹の痕跡があったりとか、とにかく一面 そのような崩壊しつつある稜線を歩いたり、少し下って樹林帯の中を歩いたりと、道には変化があって、真面目に写真に取り組んだら一日ではとても歩けない。有名な山が形良く見える訳ではないけれど、こういう風景も私は好きなのだ。 |
![]() 木漏れ日を浴びるゴゼンタチバナ |
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14.不動岳 展望の良い2341mピークで休憩。ここを過ぎると上り下りはあるものの道はなだらかになる。 樹林帯を抜けるとといよいよ不動岳への最後の登りに入る。ここでピーカンだったら暑くて暑くて辛いところだ。これまでに比べると斜度はたいしたことは無く比較的あっけなく11時半に不動岳山頂に到着。一応12時に不動岳を通過できれば上出来と考えていたので、スケジュールとしてはほぼオンタイムだ。 先行していた伊武氏と入れ替わりで休憩。具合の良い石の上にごろんと寝そべる。 こういう時間がたまらなく嬉しい。歩いているときには気がつかなかった風の流れ、山の匂いを体いっぱい感じることが出来る。そうしていつしか深い眠りに・・・って落ちてしまったらヤバイヤバイ・・・まだまだ先の行程がある。 |
不動岳を見上げる。 |
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不動岳の山頂は風化花崗岩の塊があちこちに点在していいる。今寝そべっている岩もそのひとつだ。コマクサも少し咲いている。まわりの様子が徐々に烏帽子岳周辺の風景に近づいてきているようである。 12時ジャストに不動岳発。しばらく平坦な稜線を行くとコマクサのお花畑に突き当たる。その手前に「烏帽子岳方面は右へ」の看板。その通り行くと道はずんずん下り始める。あああまたそんなに下るのね・・・。急下降が終わったところにキャンプ指定地では無いがテント場として使われているようなスペースがあった。振返ると不動岳が天高く聳えている。なかなか良い雰囲気の場所だ(左の写真の場所)。 |
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15,南沢岳と四十八池 南沢乗越を過ぎ南沢岳へと登り返す。途中一回小休止を入れて14時ちょっと前に山頂着。白砂と風化花崗岩で構成される山頂はもう烏帽子岳付近の感じに限りなく近い。山頂からは雲に見え隠れする烏帽子岳が目の前。眼下には風光明媚な山上庭園として知られる烏帽子の田圃、四十八池が見下ろされる。 その四十八池までは山頂からひと下り。今回の山行の目的のひとつであった、ここ四十八池は烏帽子の田圃とも呼ばれる池溏とお花畑と潅木で構成される自然の庭園である。もちろん烏帽子岳の特徴ある岩峰が風景を締めるポイントとなっているのは言うまでもない。 この烏帽子の岩峰はそれを見る方向によって大きく姿を変え、ここ四十八池側からみると、烏帽子というよりも横に広がった戦国武将の兜のような姿だ。かなり雲は多くなってしまってはいるものの、とりあえずその風景は堪能。これで目的はひとまず達成だ。 |
南沢岳山頂 |
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16.烏帽子岳 四十八池から緩く登り返すと烏帽子岳山頂へ往復する道の分岐点に出る。山頂はもう数年前に登っているのでパス。小屋まではあと30分もかからないので分岐点のちょっと手前にザックを置いて大休止を決め込む。ああどっこいしょと。 おおっとイケナイ!暫く経って気がついた。ザックの下からコマクサが覗いているでないの。まずいまずい・・・あわててザックを動かしコマクサを助け起こす。疲れているときはあまり確認せずにザックをボンと置いてしまうのでこういうことになりがちだ・・・まずは登山道から外れないことが大原則。反省、反省、大反省。 |
南沢岳より烏帽子岳と四十八池(左下) |
![]() 四十八池から烏帽子岳(左奥) |
烏帽子岳山頂へ向かうルートに人影が何人か確認できる。船窪から縦走してここまで来る登山者は少なく、烏帽子岳山頂へは小屋に荷物を置いて軽装で往復するのが一般的だ。 高瀬ダムから登ってきたり、雲ノ平や三俣蓮華方面から縦走してきた登山者達が、小屋で一服したあと烏帽子岩峰を往復する、今がちょうどそんな時間帯なのだろう。 分岐点にザックがひとつ。これは昨日船窪で一緒だった松川村氏のもので、暫くすると山頂から戻ってきた氏はそこで大休止。 |
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17.烏帽子小屋 烏帽子小屋着。烏帽子でノンビリしていたので、時間は3時半を回っている。直ぐ後に松川村氏も到着し、とりあえずビール。飲まない私は直ぐに小屋に宿泊手続き。烏帽子で結構人影を見たので混んでいるのかと思ったらそうでもなかった。 さて、明日の朝食をどうするかが考えどころである。天気が良ければ、日の出のタイミングには前烏帽子あたりから日の出や赤い光を浴びた烏帽子の岩峰を撮影したい。そのためには朝食は自炊か弁当にする必要がある。しかし天気が悪ければ小屋でノンビリ朝食を食べるのがベスト。 うーむ…本当の写真家なら無条件で前者なのだが、いんちき写真家の私は小屋でゆるりと朝食を取るという選択がヒジョーに捨てがたい。どうせ天気は下り基調、晴れることは絶対にないもんねと勝手に決めつけて結局朝食も頼んでしまった。 案内された部屋は2階で、先客は船窪でも一緒だった伊武氏と、ザックがおいてあるだけのもう一人。先のふたつの小屋と違って、ここは蚕棚式ではなく純然たる二階構造。けれども上り下りは梯子なので高さがある分荷物を上げるのが大変だ。しかし上がってしまえば快適で布団6枚が十分敷ける広さのスペースが梯子を挟んでふたつ。その横に、別室の形で同じくらいの広さの部屋がふたつある。 ここから水晶、さらにそこから読売新道と言っていた伊武氏は、「疲れたからもう明日ココから降りるよ」などと云っている。昨年は針の木から船窪で断念、今回は烏帽子で断念、じゃあ、来年は烏帽子から水晶までで断念かしら?。でも水晶で断念してもそこから一日で降りるのはどのルートも結構大変だぞよ。 |
烏帽子小屋2階の構造 このように部屋の真ん中に穴が開いている構造であり 絵では省略したがもちろん壁には窓がある・・ |
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18.韋駄天野郎 まずビールの松川村氏は外で他の登山者と話をしていて小屋に入る様子はない。実はこれが氏の作戦であることを知るのだが、その話は後にしよう。松川村氏が外にいる間に相次いで2人2階に。女性スタッフが先に2階に上がりザックを引き上げてくれる。 お二人とも三俣山荘から鷲羽を越え、水晶を往復してやってきた。お一方は定年前の有給休暇消化を活用してのアルプス大縦走。なんと剣・立山から薬師を超えて黒部五郎から三俣、そしてここまで来て、さらに船窪経由で針ノ木から後立山を北に縦走し白馬のもう一つ向こう朝日岳までの計画である。 もう一方もそれに近そうなお歳、明日高瀬ダムに下山とのことだが、いずれにしろかなりな御健脚である。そこに、荷物だけ置いてあった先客が部屋に戻ってきた。実はこの方のパワーがもの凄いのだ。あとで到着したお二方とはそれ以前から知り合っていたとのことで、話が結構盛り上がる。 「あなた凄く有名になってますよ」 |
「鷲羽の登りでもあなた直ぐにちっちゃくなって、見えなくなっちゃった」 山のガイドブックなどには、そこ行程を歩くのにかかる平均的な時間をコースタイムとして記載してある。例えば、登りよりは下のほうが短い時間が書かれているわけだが、それでも下りが上りの半分の時間ということは滅多にない。ということはその方の登りの速度は普通の人の下りの速度よりも遥かに早いということになる。 しかも 確かに私も若かりし頃は(瞬間的には)そのくらいのスピードが出たような記憶もあるし、18の頃は槍沢やら涸沢を駆け下っていたが、その方それほど若いわけではなく(40代半ばかな)、荷物もそれほど軽いわけではなさそうである。しかしその体型を見れば凄く細身で、無駄な贅肉など全くありそうに無く、まるでマラソン選手のよう。 一方私は無駄な肉だらけ。日ごろの精進が大事なのだろうなあ。 |
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19.小屋泊まりの鉄人 当然1回戦・・それも食堂の半分しか使わない夕食の後、ようやく松川村氏が2階にやってくる… 松川村氏は小屋に着いても直ぐに宿泊手続きをせず、ほぼ最後になるのを見計らって手続きをするというのである。この理由、効果は、今目の前で起こったことずばりそれである。 小屋は、ある程度その日の客数を予想し、基本的には受付順に部屋の端から客を詰めていく。空いているのなら布団1枚に1人、混みそうなら布団2枚に3人とか、1枚に2人とか。この予測というのはかなり当たるので、めちゃ込みで廊下にも寝かせられるような場合を除き、最終的にはある程度余裕を持って終わることが多いのだ。だから最後の一人は、広いスペースを割り当てられる可能性が極めて高いのである。 |
「僕は小屋でもアルバイトしていたことがあるからね」 食事時間ギリギリになって宿泊手続きをするようなことになると(今回は食事が終わってから・・・)、スタッフに嫌な顔をされること請け合いだが、小屋泊まり派の方はぜひお試しいただきたい。
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20.信じられない話 楽しい食後のひとときを過ごす。韋駄天氏曰く、 注)アバンティー FM(東京だと東京FMかな?)で土曜の17時からやっている番組「サントリー、ウェイティングバー、アバンティー」。西麻布のウエイティングバーアバンティーに、有名人のお客がやってきて、常連客とお喋りをする。常連客の一人である「教授」はカウンターに座り、その話に聞き耳を立てる…という設定で進行する。 単独行者は自分ひとりでも山に来ようという意思を持っているだけに、それなりの思想とこだわりを皆持っている。だからそれぞれの話には味わいがあるのだ。それに今日のコースのように人に合わないところでは一日言葉を発することは無いし、多くの登山者で賑わうところであっても行動中は挨拶程度にしか話をしないから、話に飢えているってこともある。 昔話から最近の話、コースの話に小屋の話、便利グッズの話など盛りだくさんの話の中から韋駄天氏による信じられない話を一席。 |
金峰小屋での世にも奇妙な物語 10年ほど前のことらしいのだが、金峰山の小屋に泊まったのだそうである。小屋は営業小屋であり、宿泊客もそれなり、家族3人で宿泊手続きをすると部屋に案内されて、 部屋の一角に布団を敷き始めると別の人が 変だなーと思っていると消灯後、ガサゴソガサゴソ。男女二人が布団を敷きだす、そしてなんとやりだしたのである。 これはネタなのか真実なのか・・・その保証は致しかねる。 これを受け手定年氏曰く、 韋駄天氏は翌朝管理人にそのことを伝えたが、その後は知らない、 とのことで、金峰にとってはいい迷惑である。 「やるなら五丈の岩の上でやれ!!」 |
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21.流星の空を見上げて さてさて、そろそろ就寝時間。一応スタッフに指定された場所は場所として…広い広い2階にたったの5人なのである。どこに寝たって構やしないのだ。 んじゃ、適当な場所に布団を敷いて寝ましょう… 夜中、外を見上げると星がきらめいている。外に出ると、もう空一面に落ちそうなほど星がいっぱい。天の川も明瞭だ。しばらく見上げていると流星がひとつ、またひとつ。ペルセウス流星群のかもしんない。テント泊の若者たちが、烏帽子岳の往復に出かけていった。定年前大縦走氏は早出に備えて朝食を準備中。うーん、朝食を頼んだのは失敗だったか…・と後悔 |
んじゃあ、夜空だけでも撮っておくべ、カメラと三脚を持ち出してバルブをかけ始めたら、なんだか急に薬師のほうから雲が広がって夜空を隠してしまった。うーん、上手くいかないもんじゃの、でも朝食を頼んだのは正解だったか…・と一喜一憂。 しかしながら西から広がった雲が東側を覆うには、まだまだ時間がかかりそうで、きっと朝一番の光は烏帽子の岩峰を赤く照らすであろう。ここはやはり朝食を頼まず、きちんと朝駆け撮影をするのが写真家としてあるべき姿であるのは間違いないのだ。まったく自分の意思の弱さに呆れるばかり。案の定、朝飯を食いながら、赤牛岳にかかる雲が赤く染まるのを見てぞっとした・・。 |
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