![]() 2003年夏・北アルプス 夏山最盛期の静かな山旅 3/52003.8.5 |
|
|
9.花と展望の蓮華岳 日の出前に、蓮華岳に向けて出発した。緩やかな登りだ。先行の登山者は無い。2754mmピークあたりで明るくなったので、ゆるゆると朝の撮影を開始。 北に後立山。鹿島槍、爺ヶ岳から岩小屋沢岳、鳴沢岳、赤沢岳、スバリ岳、すっくと立った針ノ木岳が目の前。そしてその背後には劒・立山が屏風の様にそびえ立っている。 南へ目を移せば槍穂連峰が遠くに浮かぶ。 眼下となった北葛、七倉岳の稜線を雲が越えていく。 目の前の砂礫の斜面に目を落とせば蓮華岳の名物「コマクサ」が今が盛りと咲き誇っている。白花がないかなと目を走らせたてみたが、色真っ白なものは見つけることが出来なかった。 東の雲が厚かったため、稜線に光が差し込んだのは日の出の時間をかなり過ぎてから。夜半の雨で水滴の宝石を身に纏ったコマクサの花が一斉に煌めきを放つ。 小屋からの往復だろう、軽装の若い女性が撮影中の私の横を抜け山頂へと歩いていった。 |
![]() 北葛岳を覆う雲 針ノ木峠小屋からは大きな山に見えた北葛岳も |
![]() 朝の色 |
|
|
山頂のちょい手前、若一王子神社の奥社が安置されているピークで。昨日受け取った小屋のお弁当を開く・・・ 山小屋のお弁当など二十年ぶりで、最近の状況がわからないのだが、他の小屋もこうなのだろうか。味気ないけれども、このほうが崩れたりしなくて登山者にとっても実用的であると言えなくもない。 小屋からの往復組が次々とやって来て、展望を楽しんだり花を眺めたり思い思いに過ごしている。私も望遠ズームに換えて劒・立山を撮ったり、マクロレンズで花を撮ったりと時間を忘れて楽しんだ。 |
![]() 朝露を煌めかせるコマクサ |
山頂の一角にある若一王子神社奥社の祠 |
|
|
蓮華岳山頂から蓮華の大下りを見下ろす。 |
なんだかんだで2時間ほど蓮華岳で遊び、花と好展望に後ろ髪を引かれながらも山頂を後にしたのは7時半頃。ここから2799mの山頂から2275mの北葛乗越まで524mの蓮華の大下りが始まる。 最初は御花畑の中を葛籠折りに下る砂礫の道なのだけれど、途中からは鎖と梯子が連続する厳しい岩場の道となる。一見緩やかに見える蓮華岳の姿からは意外にも思えるが、思い返して見ると大町からはお椀を伏せたような形に見え、裾の方が傾斜が急なのも納得できる。 それにしてもかなりの急勾配、梯子と鎖の連続である。しかしながらこのあたり岩と風衝木の織りなす自然の庭園風景が展開する。思わず足を止めて見入ってしまうことしばしばであった。
蓮華の急降下の途中から北葛岳を望む。 |
蓮華の急降下の鎖場 |
![]() 蓮華の激下りを |
|
|
|
|
10.超人か奇人か 北葛乗越から北葛岳へ276mの登り返し。空を見上げると立山のほうから押し寄せてきた雲がいつの間にか空一面を覆い、青空は既に無くなっている。 登りの途中て雨がパラパラ、山頂手前ではこれが大粒となった。 ちょうど10時に北葛岳山頂に到着。急ぎ雨具を着てザックカバーを掛ける。レンズケースはベストハーネスから取り外してザックの中へ。 「うん、なかなか具合が良いぞ」 カメラもザックの中に緊急避難である。ポケットにコンパクトカメラGR1だけを入れておく。あとはさっさと歩くしかない。コースタイムでは小屋まであと2時間だ。 しかし歩き始めてすぐに再び空が明るくなり、暫くすると雨はすっかり上がってしまった。まったく人騒がせな雨だこと。 |
森林限界を下回る標高だからこんな道も多い。 |
![]() 天候は回復、再びカメラを出して七倉岳を目指す。 |
七倉岳に到着。ここまで来れば小屋はもうすぐ先なのでもう急ぐ必要はない。前後して歩いていたテント泊の二人の若者が休憩中。おやおや二人で何やら話している。ちょっと聞き耳を・・・ それぞれ単独なのだが、どうやら二人とも親不知から入ったらしい。一応「親不知からですかぁ、凄いですねえ・・・」などとと声を掛けたのだが、若者の方は生返事で、結局二人の会話には参加することは出来ずにそのまま聞き耳を続けることにした。 一人は普通に食料背負っての大縦走。青森訛りのもう一人はなんと一日にラーメン一食で過ごしているらしく、しかも一日で歩く距離も半端でない。なんでも朝日から唐松まで1日で歩いたのだそうだ。超人なのか奇人なのか・・・ 話のニュアンスからすると太平洋まで歩くようだ・・・(^^;; |
|
|
|
|
11、50周年記念の船窪小屋 七倉岳山頂で30分ほどノンビリしてから船窪小屋へ。山頂から稜線をダラダラと下っていく。 七倉岳の山頂部分は南北に細長い。山頂は北の端にあって、その長い山頂部分の真ん中辺りに船窪小屋があり。船窪小屋というよりもむしろ七倉岳頂上小屋と呼んだ方が位置的には似付かわしい感じがする。 船窪岳・烏帽子岳への縦走路を右に分けさらに下るとこじんまりした山小屋が見えた。その手前、道の脇の岩のあたりにレフ判やらVTR機材などをセットしている不審な集団を発見、こいつらいったい何者なんだ。 |
船窪小屋(8月6日の撮影ですが) |
船窪小屋50周年記念の手拭い |
小屋に到着したら、すぐにお茶が出てきた。これはまたサービスが良い。さきほどの不審な集団と思えたのはNHKの撮影チームで、8月末に放映される「小さな旅」の取材なのだそうだ。人数は10人くらいだろうか、小屋の四分の一は彼らに占拠されている。 それでも小屋のスタッフの方が「今日は布団2枚に1名かなあ」とおっしゃるほどで、昨日の針ノ木小屋のことを思えば信じられない状態である。 昨日針ノ木小屋で隣になった方々が泊まられた一昨日に今夏最も多い50人以上の宿泊客を記録したとのこと。 「泊まられた方が、とっても良い小屋で快適でだったと話されてましたよ」と伝えたら、「混雑してて申し訳ないと思っていたけれど良かったです」と安心されていた。 |
船窪小屋のバッジ
七倉岳からの展望はこの様である。 |
この船窪小屋、今年が50周年なのだそうで、その記念のイベントとして、ランプと囲炉裏のあるパブリックスペースの壁に写真屋、絵など常連さんの芸術作品が飾られていた。つい数日前に描かれた絵もあり芸達者な人も居るもんだなあと感心。写真は撮ってもすぐには差し上げられないのが残念である。50周年記念の手拭いを頂く。 50年前、先代のご主人が今はキャンプ指定地になっている場所に小屋を開設。しかし小屋の冬の状態が心配でたまらず、確認に出かけたときに雪崩に遭って亡くなってしまわれたのだそうだ。その後を引き継いだのがまだ少女?であった今のおかみさんである松沢寿子さん。当初建てられた場所は地盤が安定せず、小屋が傾いてしまったので現在の場所に移転したのが30年前・・・とこのあたりは鷹沢のり子さん著「女たちの山小屋物語」の受け売りだっりする。 さらに白状すると他のパーティーの「本にそう書いてあったわよ」という仲間内の会話を小耳に挟んだというのが真相。うーん「女たちの山小屋物語」はぜひとも読まねばならぬ。この本、存在は知っていたんだけれど手にしたことはない。 ついでに紹介すると船窪小屋の公式ウェブサイトなるものが存在する。でもって恥ずかしながらこれも、この文章を書きながらさきほど見つけたところで、こんな立派なサイトがあるなら事前に見ておくべくだったと大反省。 |
|
|
|
|
12.午後のひととき 新館と呼ばれる奥の部屋の上の段が寝床。部屋の構造は針の木小屋と同じ二段の蚕棚なのだがこちらは遥かに機能的にできている。横になった状態で、足下に荷物は置けるし、窓側には棚もあって小物が置ける。通路側には柵が設けてあるので荷物を落とす心配も無い。構造としては僅かな違いなのだが使い勝手は格段に違うのだ。 隣には、七倉尾根を登ってきたという50代の男性。ちょっとだけ伊武雅刀似のナイスミドルである。昨年、扇沢〜針ノ木〜烏帽子を計画し、1日目に船窪まで来たのだが、そこで気力が途切れて翌日下山してしまったとのこと。今年はその続きで、明日は烏帽子、その次は水晶、そして赤牛から読売新道を下ろうという計画らしいが、昨年のこともありどうなることやら(^^;;; もう一人烏帽子からの歩いてきた方が加わり、結局布団4枚のスペースに3人となった。囲炉裏端ではNHKのスタッフが編集会議中。構成を練り直して足りないカットがないか、追加する内容が無いかをチェックしているのだろう。 場所が無いので外へ出る。雨は上がっているが展望は無し。烏帽子からの方が衣類を乾かしがてら白い風景を眺めており、手持ちぶたさに見えたので、コースの状況などを聞いてみる。 |
少し話していると登山者が一人降りてくるのが見えた。かなりのお疲れモードの様子。小屋のスタッフが入り口の鐘を居鳴らして「お疲れさま」。 栗本慎一郎似(もっとお若いが・・)のその方、聞けば扇沢からとのこと。 今日、針ノ木からこちらに来たのは、七倉山頂で出会ったテント泊の若者2人と小屋泊まりの10人のパーティー、そしてこの方と私の12人だと思われる。すれ違ったのも確か数人だったから両方向合わせても15人程度だろう。大抵は午後早くに小屋に着いてしまうから、昼頃蓮華を出たら誰にも出会うはずが無い。 「いやぁ〜足でもくじいて動けなくなったら明日まで誰にも見つからないと思って緊張したよ」。 山麓の松川村の住人であるこの方も明日は烏帽子まで。小屋宿泊者のうち明日烏帽子に向かうのは、私と伊武氏(お名前は伺ったのだがド忘れ、初めて聞く名字だったんだけど・・・)と松川村氏の3人ということになる。 さらに件のテントの超人2人を合わせても5人で今日の針ノ木〜船窪よりさらに少ない。 |
|
|
|
|
13.食事に感激 夕食の時間。暖炉の回りのスペースに机を置く。十数人座るとかなり窮屈で内側に座った私の後ろは囲炉裏の崖っぷち。いつもはもっとお客さんが少ないのだろう。しかしながら料理は評判通り感動ものであった。 ご主人の挨拶のあと若い女性スタッフ(webによると美代ちゃんというのかな)から今日の料理の説明がある。山菜の天ぷらに煮物、酢の物。ご飯は古代米を混ぜた赤飯風。 ヘリでの荷揚げが一般的になって登山者の要求も高くなった結果、かつて質素だった山小屋の食事はかなり改善され下界と変らないものが出るようになった、しかし逆に大量生産の画一的な献立となりつつある。 十分とは言えない設備でピーク時には数百食の食事を提供しなければならないのだから、それ以外にはやりようが無いのだろう。 デザートのゼリーなど他の山小屋では普通のパック入りのものが出るのが普通だが、なんとここでは去年採ったコケモモを焼酎に付けそれで作った手作りの逸品だ。物静かな御主人がニッカボッカの山姿でずっと横に座っていた。 まだ19時前だが外は撮影できる状況でも無いので早々に布団を敷いて横になる。比較するのは失礼かもしれないけれども烏帽子小屋と違って敷布団も厚くフカフカだ。なにより布団一枚に悠々練れるというのが嬉しい。 |
船窪小屋新館内(2階) 直ぐに寝るつもりは無かったのだけれど、やはり前日は寝不足だったのだろう。はっと気がついたらあたりは真っ暗、21時だった(^^;; 食事の後、囲炉裏を囲んでの団らんを撮りたいとNHKのメンバーが話していたので、ちょっと覗きに行こうかと思っていたのに・・・・ |
|
|
|