唐松岳〜白馬岳縦走 その2

2001.8.7〜9

   

 夜中、天幕を叩く雨音と、風の音、そして雷鳴で目を覚ます。

「ううむ・・雨か・・・」

結局そのまま朝。視界がないほどガスっている。

停滞しようか、出発しようか。時間はどんどん過ぎてゆく、

風雨はおさまらない。

 

8月7日

「どうしよう」
停滞してしまうと、明日の予定の制約が大きすぎる。「白馬岳まで行く」それ以外の選択肢しかなくなってしまうのだ。これだと、たとえ明日晴れたとしても、コースタイムで7時間以上の行程になり、時間的に余裕が無くなってしまうため、じっくり撮影しながら歩くことは不可能となる。どうせ撮影できないのなら今日、天狗山荘まで行ってしまおう。そうすれば、明日は白馬三山を花を眺めながらノンビリ歩けるし、さらに白馬岳のテント場に早く着けば、午後には清水岳までの往復が出来る可能性がある。

 というような判断で、雨が小降りになったところを見極めてテント撤収。時間は7時を過ぎている。ほかのテントにはほとんど動きが無いところをみると停滞なのかもしれない。五竜に行くと言っていた学生のパーティーのテントにも、まだ動きはなかった。

 不帰嶮には想い出がある。もう20年近く前の話になるが、初めての単独でのテント山行が、この不帰嶮を含む「白馬ー爺ヶ岳」だった。不帰嶮を越える日の朝、白馬岳は極上の快晴となり、興奮した僕は赤く染まった山々を喜び勇んで撮影。その後テントを撤収して白馬岳から不帰嶮を越えて唐松岳まで歩いた。天狗山荘まではどうということは無かったのだが不帰嶮の途中で大いにバテ、最後の唐松岳への登りでは数分歩いて数分休むというような状態になってしまった。テントを張った後も、水場まで歩くのさえ苦痛なほど。後にも先にもあれほどバテた山行は無い。恐らく、後の行程を考えず、早朝走り回り過ぎたこと、比較的楽な白馬三山の縦走を花を撮りながら・・・ようするに必要以上の体力を使いながら・・・歩き、さらに天狗の大下りの歩き方もまずかったのであろう。今は体力的には当時の半分も無いと思うが、年の功だけは増え、どうしようもないほどバテルことはなくなっている。



不帰嶮の真ん中当たりにある標識。
稜線の登山道は湖の天気では
カメラも出せない険しい岩場だ。

 小屋からすぐに唐松岳への登りになる。テントを撤収したときには少し小降りにはなったような気はしたが、それは一時のことで、結局は強まったり、そしてまた弱まったり。このぶんだと好転することはまずないだろう。僅かに期待を持ってはいたのだが・・・・。

 稜線に強風が吹き上げる。西・・飛騨側からは冷たい風、東・・信州側からはナマ暖かい風。身体の右と左で感じる風の温度が明らかに違う。二つの風が稜線上でせめぎ合う実感

 雷鳥が前を歩いている。雨さえ降っていなければ写真が撮れるのだが・・・・。残念ながらカメラはザックの中だ。

 雨の不帰嶮・・・初めてのテント山行でバテた記憶は前述の通りなのだが、怖かった記憶というのは全く無い。しかし改めてそこを歩いてみると、いやはや随分と危険なコースである。鎖や梯子、アングルでの足場などが作ってあるものの、不安定なところが多く、とくに大荷物だとそれが岩に当たってバランスを崩すこともあって、ときどきドキっとさせられる。あまり大荷物で通るのは考えものだ。

 視界の無い中でのアップダウンの連続。自分が今どのへんなのか、このピーク、この鞍部はどこなのかがわかりにくい。道をはずれることはまずないので、心配はないが精神的には好ましくない。
「おお、ようやく長い坂にさしかかったな」
今日最後の登りだ。この坂道は一般には白馬岳からの縦走を想定して「天狗の大下り」と呼ばれているが、今回は逆コースで「天狗の大登り」ということになる。登りきれば天狗平山荘までは一息の距離。

 この登りの途中で若い女性2人のパーティーとすれ違った。
「不帰嶮の岩、滑ります?」
と聞かれ、背中の重そうなテント装備を見て、
「ちょっと荷物が大きいから辛いかな」
と答えておいた。
滑ると答えようが、滑らないと答えようが、まあそのまま行くのだろうし、
あの岩の状態をみれば、嫌でも気をつけようと思うだろう。

 唐松岳、白馬岳という二つのメジャーに挟まれている関係で、天狗平山荘の利用者はあまり多くはない。混雑が嫌いな向きにはお薦めの小屋だ。テント場もまあまあ広く水も豊富で快適に生活できる・・・もっとも晴れていればの話だが

 「昨日白馬にテントを張ったが、雨と風で大変だったので今日は小屋」
というおじさんがすでに小屋の前でビール。

 白馬岳で泊った登山者は、翌日は鑓温泉経由で下山したり、唐松まで縦走してしまうので、ここに泊まるという人は少ない。この小屋の場合には、こんな天候のほうが、急遽一日の行程を縮めて宿泊というケースがあるから、利用客が多いのかもしれない.

 テントの受付を済ませる。ノートを見ると昨日は二張。不帰嶮ですれ違った件の女性2人連れも、昨日はここでテントだったようだ。京都の大学生。すれ違ったのが、小屋を出てすぐの天狗の大下りの途中だったから、ここを出発の時間はかなり遅い。僕と同じで出ようか停滞しようか迷っていたのであろう。雨の不帰嶮越えがやっぱり少し不安だったのだろうか。

 一時的に雨が止んだので速攻でテントを設営。結局この日のテントも二張小屋の宿泊客も10人前後で閑散ムード


コマクサ

 テントの中での時間は有り余るほどある・・・こんなことは日常の平地の生活からはまず考えられない状態だ。ある意味ではこの時間を持てるのが山の良さでもある。常にせわしない日常からの離脱。しかし、このノンビリした時間も最近では携帯電話や小型PCの発達によって脅かされつつあるようだ。流石にいまのところ携帯だけでモバイル用のPCなどは持ってきてはいないのだけど、デジカメとPCは山には必携という時代も迫ってきているように思う。便利になるのはありがたいのだが、せっかくのノンビリ過ごせる時間をこれらに奪い取られてしまいそうではある。

 全天候型写真家とはいえ、雨と風のなか撮影に出かける気力は無い。食事の時間以外は寝っぱなし。テントの中では座った状態でさえ窮屈なのだ。去年は立山雷鳥平で寝まくって、山に行ったのに太って帰ってきたという悲しい出来事があったことを思い出す。天気予報を聞くかぎり、今年はそれ以上に悪そうだ・・トホホホホ。

 夜になってもテントを強く叩く雨の音は止まない。うるさくて眠れず、ずっと起きているような、でもときどき寝ているような中途半端な状態が続く。明け方に深い眠りに落ちたのは雨が小降りになったからだったのかもしれない。

8月8日

 明るい。雨の音はしない。あれっ?と思って外を見ると、いまだ視界を遮る霧・霧・霧・・・灰色の世界。安心して朝の支度・・・
んっ?
上空の霧が取れて青空がのぞいた。目の前に白馬鑓ケ岳の山頂。そして間もなく東の水平線が現れた。
おい!
のんびり飯など食ってる場合か

 突然の出来事にうろたえながらも、三脚とカメラをセット。西側はまだ雲が厚く剱・立山は無理だろう。無理して移動することもなかろうとテント場からの撮影に集中。朝日が白馬鑓ケ岳の山頂を照らす。そして山腹を流れる雲を染める。山の朝。霧の晴れるタイミングが絶妙だった。

 今日は白馬岳まで。時間は十二分にある。あまり早く着くのも妙なので(別に構わないのだが)、小屋の周りの撮影でしばし時間を潰す。昨日は気がつかなかったが、天狗平山荘のまわりは花が一杯だ。雨に濡れたコマクサ、タカネシオガマ、タカネツメクサ・・・。90mmマクロレンズが活躍するシーン。ほんとうは180か200mmマクロがあればもっと楽しめるのだけど・・・買うお金も持ち運べる体力も無いのが残念だ。

 いつのまにか白馬鑓が岳を覆っていた雲は完全に無くなっていて、山は全貌を現していた。天狗池も青空を映して限りなく青い。少なくともあと半日は好天であろう。気持ち良くテントを撤収し出発

  


霧が明けると同時に地平線から太陽が昇る。


青空を映す天狗池

明ける白馬鑓が岳


ウルップソウ
 登山道の両側、いやいやそれだけでなく登山道の中まで高山植物でいっぱいだ。道端にまだ花盛りのウルップソウを発見。これは白馬岳周辺に特徴的に見られる花で、見たいとは思ってはいたんだけれど、もともと夏の早い時期に咲く花だし、しかも小屋の側にあった群落ではスッカリ花が終っていたのを見て、今年は逢えないだろう諦めていた。今朝の雲といい、ウルップソウといい、諦めていたものに出会えるのは嬉しい

 花に目を奪われ、 数歩歩いてはザックを降ろし写真・・・これではいつまでたっても小屋は遠くならない。でもこんな山歩きのペースが一番好きだ。コースタイム何時間何分、何時何分発、何時何分着・・・はい10分間休憩・・・なんて山歩きはしたくない。まっ、これだから僕は一人でしか歩けないのだけれど。
 

 少し幅広い登山道を右へ左へよろよろと花見をしながら登っていく。左から右へコースを変えようと、花と花の間、土の部分に足をかけた・・・
すると・・グシャッ!! 
「あっヤベ!!」
土は思っていた以上に柔らかく、深い足跡がつき、おまけにその横に生えていた高山植物達をすっかり痛めてしまっていた。
「すまぬ、許せ・・」
修復しようとすると、さらに悪化させるような気がしたのでそのままにしておく。
いやはや誠に申し訳ない(^^;;
だれも見てなかっただろうね・・・・キョロキョロ。

花一杯の天狗平付近の登山道


鑓ケ岳岩屑の山腹

  

鑓ケ岳山頂から南側に続く後立山連峰を望む

 鑓温泉への道を左に分けるといよいよ白馬鑓ケ岳への登り。つづら折りの道で着実に高度を上げていく。後立山連峰がだんだん低くなっていく・・・そして山頂。晴れた日の山頂ほど気持ちのいいものはない。山頂で一休みしている誰の顔も満足げ。そりゃこの天気だものね。

 軽装の若者の集団(なんとなく小屋のバイトっぽかったのだが)、白馬岳方面から鑓ケ岳山頂に到着。
男子一名が山名を書いてある標識を見て一言
「なんて読むの?」
おいおい、こいつら何なんだよ、と気を失いかけてたら
「シャッターお願いします」
だって・・・
まっいいか。

で、その後、読み方は解決したのだろうか・・・ちょっとだけ気になった。教えておけばよかったかなぁ。一応念のため書いておくが「鑓が岳」は「やりがたけ」である。御承知とは思うが「白馬岳」は「はくばだけ」ではなく「しろうまだけ」である。ちなみに「白馬村」は「しろうまむら」ではなく「はくばむら」である。「白馬に乗った王子様」は「しろうまにのったおうじさま」でなく・・・こりゃ関係なかった。

 雲が少し湧いてきた、時折全く視界がなくなるときもある。一日中好天ならば白馬にテントを張ってから清水岳まで往復とも思っていたが、それは少し無理そうだ。
ちなみに「清水岳」は「しみずだけ」でも「きよみずだけ」でもなく「しょうずだけ」である。シツコイね・・・。

 杓子岳の山頂は通らず飛騨側の水平道を行く。キャンプ指定地までは、あと僅かの登り。白馬岳には二つの巨大な山小屋がある。ひとつは白馬館経営の白馬山荘、もうひとつが村営の頂上山荘。名前から見ると頂上山荘のほうが山頂に近いように思えるが、白馬山荘のほうが断然頂上に近い場所にある。キャンプ指定地は頂上山荘の裏だ。

白馬鑓が岳から白馬本峰とガスに巻かれる杓子岳を望む


白馬岳山頂
典型的な非対称山陵で、
なだらかな飛騨側(左側)に比べ、
信州側は絶壁である。

 


白馬岳山頂

 ランチは白馬山荘の立派なレストランで食べることにした。山にこんな立派なレストランを作ることの是非論はあるのだろうが、癌で余命6ヶ月宣言なんかされたら、ここ白馬で最後の登山を楽しんで(はたして楽しめるのかという問題はあるが)、夕焼けの後立山を眺めながら最後の晩餐(はたして食えるのかという問題もある)なんてのがいい、とまじめに思ってしまう雰囲気が確かにある。もっとも空いているのが前提で、混んでいるところは、どんなとこでも嫌いだ。今日はガラガラ。

 レストラン窓からは杓子岳、そして目の前の草原はキンポウゲの黄色い花に覆われて・・・と書きたいところなのだが、目の前に今、その黄色い花はほとんど無い。今年は梅雨明けが早く夏は早く始まってしまい、7月上旬から中旬に夏の花が一気に花開いてしまったらしい。このことは既に耳に入っていたから、こういう事態は想像はしていた。だから、さして驚きもしなかったのだが、まだ8月になったばかりだといういうのに、黄色い花がほとんど見られない現実を目の当たりにすると、さすがに「異常」な感じは否めない。


白馬山荘の展望レストラン


ミヤマアケボノソウ


ミヤマシオガマ

絶壁にも高山植物はしっかりと根を張って生きている。

 レストランでカレーを食し(貧乏人だからそれくらいのものしか食えないのだ。もともと貧乏人が来るところではないのだが・・・)、テントまで花を眺めながら戻る。登山道沿いには植生回復が試みられているゾーンがある。何年か前に訪れたときは緑のマットばかり目立っていたが、今はそれがかなり高山植物に覆われている。予想通りの結果なのかどうかはわからないけれど、ある程度の効果はあるようだ。

 天気は下り坂 またかよって感じだが。夕方には霧で視界はほとんどなくなり、そのまま夜。ラジオの天気予報によれば前線が日本海沿岸に停滞。明日明後日の間に回復する見通しはなさそうだ。それでも明日、朝日岳に向かって立つか、それとも停滞するのか、それとも下るのか・・・・結論は明日の朝に持ち越すことにした。

植生回復の様子

ネブカ平付近のお花畑。
ここにもキンポウゲ科の黄色い花の姿は見られない。
8月9日

 朝も雨。視界はほとんどない。この時点で、朝日岳に向かう気力は失せた。悩み多き朝。選択肢は、(1)停滞、(2)白馬大池まで行って泊り、翌日蓮華温泉か栂池へ下山。(3)大雪渓を下山 の三つ。

 天気予報によれば、松本あたりではまだかなり日差しがあるようだ。少し下れば視界は得られるかもしれない。白馬大池まで下れば晴れとはいかないまでも、花の写真くらいは撮れる可能性は残されている。もし今日の夕方、明日の朝に一縷の望みを託すなら停滞だ。

 かなりかなり悩んで悩んで、ついに昼頃まで悩んで、結局下山することにした。まこと、今回は悩み多い山行だ。

 あいかわらず雨はヒドイが、登ってくる登山者は結構多い。山は原則登り優先なので、立ち止まってよけることも多くスピードはあまり上がらない。下山路もいつもの夏の様子とは違う。ネブカ平までの道の両側のお花畑に咲く花はハクサントリカブト、ミソガワソウ、ミヤマゼンコ等が主で、夏らしい黄色い花はほとんどない。

 小雪渓は消滅。下れど下れど大雪渓もなかなか現れない。いつもは残雪の下に埋もれている木組みの階段(土砂止めか?)の上を歩いて下りていく。

 雪渓の上に出てから約1hrで白馬尻に到着。ここでは雨はかなり小降りになっていた。


大雪渓下部