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行田山

2000.8.6

 

8月6日 標高2000mの山「行田山」      

 目下売り出し中の標高2000mの山がある。山梨県早川町の「行田山(ぎょうだやま)」だ。

 この山の名前を知ったのは、山道具を買いに甲府のスポーツ店に寄ったときに、ちらりとチラシを見かけたのと、ちょうどその日に地元のFM局の番組でリポーターがその山に登って中継していたのを聞いたからだ。

その時は、
「どのあたりにあるのだ」
などということも気にも留めず、
「機会があったら登ってもいいかもな」
程度に思っていたのだが、 別件で山伏岳に出かけてみようと思いたって 早川町の雨畑から林道を登っていったら、 たまたまその林道途中に行田山登山口があって驚いたのである。

   

 その登山口にある新しい立派な看板を見ると
「西暦2000年を機に、新たに登山道を整備した」
とあり、山伏岳と八紘嶺の間に 「行田山」の表示がある。

 ただ、この一帯の地図はときどき見るのにこの「行田山」という名前の山には全く心当たりがない。マイナーピークに古くから呼ばれている名前でも付けたのだろうとそのときは理解し、登山口の場所だけ確認して帰ったのだった。

 翌週8月6日7時30分、僕は再びこの登山口を訪れた。
 駐車場はかなり広い。先客・・関西からの車が二台。
「うむむ、ひょっとして、標高2000mのイベントは全国展開されているのか?」
とちょっと驚く。知らなかったのは自分だけなのかしらん(^^;・・・

 新しい登山道ということで、味気ない道を想像していたのだが、どうしてどうして自然林に囲まれたよい道である。
「新しく・・・」とは言うものの、作業道としては使われていた道のようで、不自然な感じはあまりしない。

 今日は少々霧がかかって森が幻想的に見え、展望はないけれど、涼しくて歩くのには具合が良い。

 やがて稜線に出る。左に行けば山伏岳、行田山は右へ。富士見坂と名づけられた ―だから天気が良ければ富士山が見えるのだろうね― 急な坂を上がればやがて頂上・・・登山口から小一時間の行程であった。

 で頂上に着いて驚いた

「ありゃ・・なんと」
「ここは、大谷嶺ではないか。」

なんと行田山とは大谷嶺のことだったのである。

 地図を調べてみれば、大谷嶺は1999.7mと出ているのだからすぐに気がついたはずで、気がつかない僕が大間抜けなのだが、気まぐれで登り初めてしまったために事前の調べなどなにもしていなかったというお粗末なのであった。

 

登山道

山頂の看板

 山頂には静岡県側が立てた  安倍奥の山々に共通の形式の「大谷嶺」という看板と、これに負けるじとばかりに早川町が建立した立派な「行田山」という表示杭とでもいうのか、ぶっとい柱が並ぶ。

 大谷嶺は山梨県(早川町)と静岡県(静岡市)の県境の稜線上にある。南側=静岡側には大谷崩れという激しい崩壊地があって、その沢を流れるのが大谷川。要するに「大谷」というのは静岡側の呼びなのだ。おそらく<B>山梨側では昔から行田山と呼んでいたのだろう。
 うむ、エベレストとチョモランマのようなものだな
北側には行田沢という地名もあるようだ。

 

 足下には高さ30cmの石1999.7m+30cmで2000mということらしいが埋め込まれている。

 記念登山証明書なるものを申し込む為のポストも設置されている。これは下山して南アルプスプラザ(早川町)で見て知ったことだが、登山証明申込書を山頂のポストに投函し、そして振込用紙で料金1000円を別途振り込むと、登山証明書を発行してくれるというもので、振込先は「早川町行田山記念登山実行委員会」となっている。興味のある方は早川町役場に問い合わせてみるとよいだろう。

参考までに、早川町のホームページ行田山の紹介ページだ。

  

 ここを見るとさらに凄いイベントが計画されていることがわかる。

2001年には、新世紀を記念して、
 頂上に「新世紀の鐘」を設置
 頂上にタイムカプセルを埋設

ちょっとやり過ぎのような気もするが、如何なものか。

下山時には沢山のグループとすれ違った。やはり相当PRは行き届いている様子だ。

  

山伏岳

 下山後、林道を大笹峠まで上がり山伏岳を往復。なんとこの山は林道途中にある峠から山頂までが15分(これはもう登山じゃないね)

 「ヤナギランはもうあと一週間だなあ」

というところなどを確認して下山。山頂付近ではクガイソウ、登山道沿いでは、センジュガンピ、タマガワホトトギス、ズダヤクシュなどが目立った。


霧の山伏

 

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